フロムの教え


その経験が生じる前は通常非常な不安があるが、後に新しい力と確実性の感情が現れる。無意識を発見する過程は、非常に深く感ぜられ論理的、知性的知識を超える。一連の拡大していく経験として描かれ得る。(無意識・・いいね)

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疑問文禁止 : 投稿者 もりけん : 2024/11/11 2:36:43

 

コメント

無意識を発見する過程‥はじまりは不安から‥しかも非常な‥ほんとうのドキドキの渦中‥一歩を踏み出せばガラリと逆転して‥新しい力と確実性の感情が現れる‥論理的、知性的知識のフィルターが外れる経験をするのかな‥って思います。無意識‥いいねって言えるような。

↑投稿者 愉利 : 2024/11/11 23:24:37

 

やっぱりなんか深くて全体的な感覚であり経験なんだなあって思いました。活力と安心感が湧いてくる感じも、無意識とつながっているサインなのかもとも思いました。

↑投稿者 まるこ : 2024/11/11 22:33:47

 

もりけんさんが浮かびました。。立川駅地下道の声でUターンするのも。。セピア色で辞表を買いに仲通りに出るのも。。論理的・知性的知識をはるかに超えてます。。誰もが未来を目指し。。目的地に向かうレールから。。外れることはどれほどの不安や孤独。。想像もついてないいないかも。。もりけんさんから感じる無意識の世界、めちゃめちゃ惹きこまれます。。

↑投稿者 まりん : 2024/11/11 16:57:08

 

「無意識を経験する前は、すっごく不安だ。(だって見えないし聞こえない感じられない)でも後から、確かに未知のエネルギーが「ある」って感じられる。発見の過程は、深く感じられること、それはもう理論とか知性を超えてる。」
 
…みたいな意味かなとおもいました。
そっからからが「イチレンノカクダイシテク…」とはなんのこっちやと思いました。「描かれる」と言う単語もかなり独特です。
 
「描く」…私の頭の中には西洋の宗教画みたいなものが浮かんでて、描いてあるのは神や聖人やエピソードで…なんか急に「奇跡」ってあるんかもと思いました。奇跡って解明できないから描くしかないって言うか。(待って!トンデモ( ; ; )…と思う自分もいるけど、同時にもりけんさんの中国紀行で見せていただいたお写真が色々浮かんで…古代の人の記録だって大事なもんだったかもって…あわわわ)
フロムさんて社会系の心理学やってる人だったと思ってたけど、よくお話聞くと…なんかこうお話の端々…めっちゃ攻めたお人だったんかいなと思いました。
フロムさんにイイネできるもりけんさんすごすぎって言うか、もりけんさんご自身が「経験」に実際に描かれてるなかの人というか(不思議調査の写真、なんなら動画、なんなら…丸薬出してた)無意識…うおー!です。

↑投稿者 和佳 : 2024/11/11 14:07:26

 

無意識に飛び込むのは通常非情な不安があるんだと思います、しかし無意識を経験すると新しい力と確実性の感情が現れるんだなと思います。これまであったことのないような深くて広い経験に出会えるんだと思います。無意識すごいです。

↑投稿者 桃有 : 2024/11/11 10:05:19

 

その経験が生じる前は通常非常な不安があるが・・というところは、フロムさんのいわれる孤独のことかもと思いました。無意識を発見する過程は、・・表面的なことをみているだけではワカラなくて、論理的、知性的知識を超えると。。もりけんさんのお話を通して感じます。

↑投稿者 REI : 2024/11/11 10:04:10

 

日常生活で起こったその時大事件だと思った出来事が、潜在意識の露呈だったんだぁと思うとパニックならなくて済むのかなと思いました。
もりけんさんの言う「私は結果」と言うのは、さらにシフトした自分と対面した時受け入れられるのかと妄想しました。

↑投稿者 ミル : 2024/11/11 9:58:42

 

無意識を発見する過程でも大事な経験なんだなと思います。自分が何かを経験する向こうに無意識が待ってるみたいな感じがしました。

↑投稿者 こはな : 2024/11/11 7:23:18

 

山田太一の手紙を見て、見てない家族のとこまで行って内容を熱く語ってしまった。不幸な人は…のところとか。やはり、不安でいいのだし、自信が無くていいのだと言われると、言われた側は動き出すと思いました。普通の事を普通に言われたら、嬉しくなり、安心します。普通の事を普通に言う時は、自分の事はないのだと感じました。普通の人、同じ人間、弱者の視点をフロムにも感じました

↑投稿者 なんしぃ : 2024/11/11 6:59:12

 

わからなくても時は流れるし、仕事でもなんでもそうだなあと思います。でも見えてないもの、わからなかったことがわかったりすると、同じことでも違うなあと思います。それが無意識を発見すること・・拡大していく経験なんだと・・おお。ほんとにいいなと思います。もりけんさんのお話は深くて、いろんなことを考えられて楽しいです。

↑投稿者 えり : 2024/11/11 6:11:26

 

その経験が生じる前は通常非常な不安があるのだと。。
でも、後に新しい力と確実性の感情が現れるのだと。。

無意識を発見する過程は、非常に深く感じられて、論理的知性的知識を超える。。
一連の拡大していく経験。。。

無意識を発見する過程は、なんて深く興味深いのだろう。。と思いました。。

↑投稿者 あかり : 2024/11/11 3:32:53

 

以下は「亀レス」からの抜粋

 

おお、フロムの無意識と意識‥と禅のサトリの交わるところ‥切り口の差をとらえたのだなぁって思います。いよいよフロムのサトリへ‥

↑投稿者 愉利 : 2024/11/04 21:13:11

 

六爻占術や風水、ロゴやアイコンの世界もまさにそうですね。結果として視点や行動パターンが劇的に変化するように感じます。

↑投稿者 まるこ : 2024/10/11 13:30:42

 

はい。言われてみれば‥って思います。意識、無意識も個性と似て区別するためでそのものではナイ‥気づいてるということと、気づいていないことの度合い‥だけ‥めちゃひろがる感じ(笑)します。

↑投稿者 愉利 : 2024/10/04 21:40:33

 

あはは(爆)めちゃくちゃ問い(笑)フロムっぽい感じバリバリって思います。言い直し‥が必要‥なんかキンチョーします。。ドキドキ。。

↑投稿者 愉利 : 2024/10/02 21:22:46

 

あはは(汗)‥今もそうかもしれないです。言葉は経験の変わりにはならない‥伝える言葉‥フロムと19歳の僕の‥気持ち‥あるいは体感が伝わってくる感じ‥意識の言葉で無意識に挑戦しているのかな‥って思います。

↑投稿者 愉利 : 2024/09/21 21:55:47

 

無意識いいですーっ(笑)快って感じ♪します。意識の型にハマった狭い経験の一部でも無意識下で伝わると豊かさや深みにつながるのかなぁって思います。

↑投稿者 愉利 : 2024/09/17 21:11:37

 

むむ‥じゃあ生存の目標というか‥前提が多い?ほうがいいのかな…必要であれば気づくようになるとか…好奇心はどこにあるのか(笑)気づきも制限がかかっているんだなぁ‥微弱かもしれないけど‥違和感だいじ‥って思います。

↑投稿者 愉利 : 2024/09/06 21:26:43

 

なんか自由からの逃走って仲間はずれの世界みたいです。だから疎外感がすごくなるのかも‥気づかないことは外側‥無意識になるのかなぁって思います。孤独なとき無意識と近くなる感じがします。。

↑投稿者 愉利 : 2024/08/30 15:23:32

 

意識と無意識の『差』は大きい‥だからひかれあうのかも(笑)なんだか竹取物語のよう‥権力や地位のおよばない世界がある‥って。

↑投稿者 愉利 : 2024/08/25 21:36:14

 

無意識は360度的かも‥ステキな仮説だなぁって思います。だとしたら、問われるのスキかも。。人々との関わりを通してお互いに裾野が広がりそうで‥快の方向ヘ向かうような感じがします(笑)

↑投稿者 愉利 : 2024/08/06 13:20:37

 

不可能に挑戦しているフロム‥素晴らしい表現なのだなぁ‥2人のやりとりがすご‥って思います。時空をこえるレス‥意識と無意識の融合‥の場にいる感じ‥です。

↑投稿者 愉利 : 2024/08/02 21:14:54

 

…なかなか想像がつかなくて、唸ってるうちに「アンネの日記」を思い出しました。
全社会からの追放とは、人の集団で何かの理由がまかり通って全体で一部の人を人扱いしないことにすることかなと思いました。その生き物が人ではなければ、動植物みたいなもので、天敵か害獣か…どんなに良くても益獣みたいな扱いになるんじゃないかなとおもいます。そしてなんならヒトの買ってる犬猫の方が大事にされるかもと思います。人は人ではないものに冷淡で残虐なところがあります。人の集団からの社会的追放はとても恐ろしいことが起きると思います。

↑投稿者 和佳 : 2024/07/24 10:25:04

 

フィルターは人間の性質でもあるのだなぁって思います。文明社会で生きていくうえで、標準装備(爆)されてるみたいな‥知らないまま身につけていることに気づくきっかけに出会うのもその社会のなかにある‥なんかフシギだな〜〜って思います。

↑投稿者 愉利 : 2024/07/19 21:46:37

 

両親以外のフィルターはもっと複雑な現象に関するものであると。。
我々は・・社会的な思考の型と相容れない意欲に気づくことを抑圧するだけでなく、”ヒューマニズム的良心”も抑圧しようとすると。。
我々は集団だと思いました。。
社会も集団。。

そして、相入れない意欲は個。。

もりけんさんは、戦争が起これば・・、あるいは改革派の極地とか・・、戦争が無くならない原因のひとつは、人間のこの性質かもと。。
そうだろうなあと思います。。

私は集団が嫌いです。
集団に良心はなく、個を排除しようとする力が働いていると思います。

でも仲間はずれになりたくない性質があるから、どうすればいいかワカラナイと。。

もりけんさんの独り言で、フロムを好きになれたのは、すでに余生に入っていたからと。。
余生は、社会的な死だと思いました。

だから、三次元はどこでもいい。。

だから三次元の何にもしがみつかず、運命のままに流されて、生き方なんかどうでもよく、運命を探究できているんだと思いました。

ちょっとでも社会的に死んだら、個が出てきて、余生を遊べると思いました。

↑投稿者 あかり : 2024/07/18 4:43:09

 

親子は、親がフィルターにはなったり、社会的フィルターを広げたりするんだなと思いました。その親も親がいて、祖父母フィルターが親のフィルターを育てたり広げたりしてきたんだろうなと思いました。そういうフィルターが時間の中で幾重にも重なってきて…そうなると、フィルターがないって状態はありえないし、知りえないし、フィルターがこうなってる経緯も実態もよくわからないし…と思いました。フィルターが無意識の方ってのはそういうことなのかなと思いました。
自分というものまたは自分達についての研究にすごく難しさがあるのはそういうとこなのだなと思いました。何をもってして今ここにいる「自分」述べたことになるのかがすごく難しいと思いました。

↑投稿者 和佳 : 2024/07/15 2:40:15

 

えー、無意識に留まる‥なくなるワケじゃない‥気づかれないまま、おいしく漬かっているかもしれないお漬物‥熟成無意識漬け♪ポリポリ食べられたら‥イイかも(笑)んー、たけし君畑やケンちゃんロッコウや‥風水、いろんなグッズ‥フシケンが体験させてくれることって無意識床に働きかけてる感じなのかなって思います。

↑投稿者 愉利 : 2024/07/12 20:56:28

 

…いつもフロムさんの文章はなんか難解さがありアホなんで悶えてます。
誰かに会ったときに、その人が禁止してる衝動を勘づいても見ぬ振りをしてあげるのが関係性!ということかなとおもいました。その人が気狂いになろうとしてるとか、マゾ的な人なら指摘はかえってご褒美ですが…みんな実は勝手に目がいっちゃうエロ、グロ、バイオレンス、ナンセンス、アンチ、噂話、心霊みたいなことは…お互い紳士淑女のマナーでお一人でどうぞ、言わぬが花よが暗黙の了解な⭐︎みたいな。バレないと思ってるYouTubeとかの履歴が本当の自分で…はぁはぁ…あっはっはー絶対晒せないデス。
やだもー森田くん!と青年の背中をバシバシしてしまいそうです。(全然違うかもですいません)19の私ならあのアレが最大の関心時なのに、そんなの考えてないヨみたいな顔してたし、それが自由からにげることとはまったく思ってなかったと思います。いやー今も出せない(そんな話じゃないかもですが)

↑投稿者 和佳 : 2024/06/28 13:42:25

 

現代の学校教育なんてまさにこれだなって思います。子供に自由からの逃走を半ば強制するシステムだと考えることもできる。で、大抵の人はそれにハマってその後の人生を自由からの逃走のまま生きることになる。でもそういうシステムがあるからこそ、社会が存続しているならば、みんなその恩恵を受けているとも言えるし。自由から逃走せずに社会全体もいい感じで維持できる方法をまだ見い出せてないんだと思います。

↑投稿者 まるこ : 2024/06/15 8:20:54

 

無意識へのフィルターにも多面的な切り口が…だんだんどれがどれかわからなくなってきそうです。カオス…(爆)社会はフィルタリング機能を備えていていて…意識とともに進化させてきたのかな…と思います。

↑投稿者 愉利 : 2024/06/07 22:15:29

 

日本語はなんか感じを表現したり、感覚をつかめるような‥そんな組合せが多いのかなぁ‥流行語や方言もいっぱい(笑)主語がはっきりしないのも無意識的‥意識で疎外しないみたいな。曖昧さ‥多様性とも言えるかもしれないし、共感や一体感もあるかもしれない‥自由からの逃走‥や孤独の克服‥言語の構造も環境‥日本語の豊かさ‥無意識が馴染みやすいのかな‥って思います。

↑投稿者 愉利 : 2024/05/26 22:18:23

 

感情的経験を言葉にするの日本人は苦手な気がします。それって感情を露わにしない抑制の効いた民族なのかな思ってたけど…ふと違うのかもと思いました。微妙な感情をつかもうとする変化してしまうところが…なんか私が私を知ろうとして掴めないのに似てる気がします。内容が語尾まで決定できないで彷徨うのはその現れみたいな。
愛情とか…外国を真似て掴もうとすると「私のかわいい人」「こねこちゃん」「愛してる」とかなにかはじめに永続的感、固定感があり、なんか微妙さを失い冗談みたいに感じて絶対言えない。
その代わり桜とか虫の声とか花火とか…季節のことがなんかちょうどいい話し相手な気がします。季節で終わってしまう関係性、移り変わりを見てるような時「儚いね」「切ないね」「また来年」みたいなことを捉えて、なんなら好きな人とそれを共有して今一緒にいることを感じるみたいな。永続性のなさが永遠であるみたいな…。日本人は外国の人に対して四季がまるで日本にしかないみたいに言ってしまうことがあるって言われるけど(ちょっと考えりゃ四季を表す単語なんてあちこちにあるのわかるんだけど)それでも言いたいのは多分…私たちの精神性とか情感のことで、移り変わり繰り返すようなことを言ってる気がします。…日本語って学習難しいって言われるのは(笑)そういう曖昧や微妙さが半端ない豊かさだからかもと思いました。

↑投稿者 和佳 : 2024/05/26 7:30:36

 

あー、時間の経過は無意識的(笑)ヒトとして習慣的に規則正しく生活していても、周囲は自然のサイクルで進んでいて‥時間軸は意識では変えられない‥西洋は自力ではないことに気づくことがコワイ‥宗教や教育や言語も‥意識で行うことを優先するように環境を整えてきたのかも‥と思います。

↑投稿者 愉利 : 2024/05/19 22:46:41

 

>フロムの教え15

フロムは意識についてを難しく表現しているけど、もりけんさんは意識は言い訳だと、ひと言でめっちゃわかりやすく表現しているのがすごいと思いました。

↑投稿者 REI : 2024/05/06 21:22:31

 

>フロムの教え14

なんかほんとにフロムさんのいうことは謎だなと。意識的なとき価値のあるものが得られるってのが飲み込めなくて、唸ってました。
なんかこう…日本人なら…「意識シチャッテ…」っていう時そんないいもんじゃ無いようなと。
…誰かを意識した途端、顔が赤くなるのが止まらなかったり汗かいたり。なんか意識できないところが止まらなくなるっていう事態を招いて。好きとか嫌いとかがなんかバレたり。…そこには価値ってなぁ…みたいな。どっちかというと使いにくいものな気がします
だからこそ西洋が大事にしてる意識(理性?)ってなんかちょっと頼れる付き合い方が有るんかなと思って憧れがあるのかもとおもいます。
それで興味を持って聞くのだけど、説明聞いてもなんかこう…うーんとなってしまうなとおもいました。価値あるものが現れるって…割と自分はアホみたいなことばかり見えてくるので(そういうの価値を感じてんのかもだけど)うーん…です。

↑投稿者 和佳 : 2024/05/02 14:19:42

 

>フロムの教え12

‥なんていうか意識・無意識というだけでも、意識がエラい(笑)という偏見?が前提になっている‥もしそうでないなら‥ギモンが浮かんできて、不思議研究所にたどり着いて(笑)もりけんさんから、ジジイやフロムの講義を受けることになってるのかな♪って思います。

↑投稿者 愉利 : 2024/04/26 22:05:37

 

>フロムの教え11

気づける感情や欲望や判断等の内部経験、意識はほんの少しのような気がしました。無意識はホンモト、、本当にそうだなと思いました。 ホンモトなのになかなか掴めない。。無意識、たくさんあるように思いました。当たり前すぎるからなのか。。見えないし人と比べることができないから気づけないのかなと思いました。

↑投稿者 アン : 2024/04/23 6:43:19

 

>フロムの教え10

単純で明確であるようにみえること‥も問いの対象に‥既知の現実も好奇心旺盛だと興味深い未知に‥つながるみたいって思います。

↑投稿者 愉利 : 2024/04/22 22:08:40

 

>フロムの教え9

忘れろと言われると忘れられなくなる気がします。そして続いてなんか神には意志があるかないか真の意志とは問題みたいなのにもぶち当たってる気がします。でも禅は、神の概念がなく…フロムさんに言わせると…それは自分が意志を放棄してることなのかとおもいました。
…なんかこう…色々と捻れて書いてあるようで唸ってましたが…みんな「意志」の取り扱いに困ってるんじゃないかなと思えてきました。
実は意識が意志(複合的)にまでなった時、そいつはどう考えていいかわかんない人類共通の暴れん坊なので、もっと荒ぶる神に壮大な意志を持たせて その概念に調伏させてきたと言うか。
禅は…まさかの…腹が減ったら飯というのはもしかして意志が弱い人ってことかも。でもそこに意志をお化けみたいにして、神の概念を作らせてしまわない秘密があったのかもとおもいました。

↑投稿者 和佳 : 2024/04/17 6:59:02

 

>フロムの教え8

はぁー、すごいビシッと(笑)ジジイももりけんさんもキリコミ鋭すぎで‥反応することの大事さを体験してる感じです。時を刻むだけ‥なかなか下位の問いをもたない‥人間らしさを手放している(爆)のかもって思います。

↑投稿者 愉利 : 2024/04/14 22:09:22

 

>フロムの教え7

宗教は、正しさとか正しくないとか。。存在することの不思議とか、わからなさは考えないかもと思いました。 威信、生産など、宗教も、、答えを見出して、そこに向かって頑張ることで安心してるのかもと、自分も含めて思いました。

↑投稿者 アン : 2024/04/13 11:52:39

 

>フロムの教え7

いつも忙しい(笑)‥くしてないと孤独にたえられない感じ(爆)宗教とか食べる前にお祈りとか儀式とかねばならないがいっぱいあってヒマをなくすにはバッチリかも‥です。現代には宗教の変わり身みたいなことがいっぱいで、なんとなく‥じゃなく実はガチガチにハマっている状態なのかも‥。問いが降りてくるか(笑)で変わってくるのかなぁって思います。

↑投稿者 愉利 : 2024/04/12 22:12:08

 

>フロムの教え6

自然を超越することって…それを究極の関心事にするって、神になろうとする人なのかな。。と思いました。

↑投稿者 こはな : 2024/04/08 6:44:11

 

>フロムの教え5

矛盾もあるがまま(笑)問いの根源…な感じ…自然のなかにありながら、超越する…どっちもオーケーみたい。シロクロはっきりさせなくてもいい…どっちにしても反応することが大事なんだなぁって思います。

↑投稿者 愉利 : 2024/04/05 22:19:36

 

>フロムの教え2

「創造的」とは何かを作り出すことだと思ってました。でもこの文章からは私、他人存在してる全てのものに「答える」ということで、言い換えると「反応すること」なのかと思いました。
「創造的」というのは、何かしら新しいものを意識して作り出そうという試みではなく、現実の問題に心身が反応することなのかなとおもいました。…全てのものの現実に反応する…のは無理なんではと思いましたが、もしそれができたら本当に新しい境地を「創造」したと思われます。…それって無理と思いましたが、そういえば大拙さんが、宇宙を貫通する無意識と触れ合うって言ってたなと思いました。東洋の禅僧と、西洋の研究者が、何か同じようなことを示唆してるのだなと思いました。
…全部のものに反応するのは無理そうだけど、一つでも多くに反応して自分を開いていこうとするかは創造「的」なんじゃないかなと思いました。

↑投稿者 和佳 : 2024/03/25 7:07:23

 

>フロムの教え1

喜びや悲しみに対する十分な能力を持つこと。。ギャーと泣いてたのに急にニコーッと笑ったり、赤ちゃんみたいだなと思いました。生まれ続ける感じかなと思いました。

↑投稿者 アン : 2024/03/23 12:17:05

 

フロムの教え1

人は一生かかって生まれる‥フロムの名言(笑)なのだなぁ。。フロムの教えってフロムの視点そのもの‥って思います。

↑投稿者 愉利 : 2024/03/22 22:04:56

 

>フロムの教え1

情感は喜怒哀楽とかが代表的だけど、フロムは「喜び」「悲しみ」の二つを挙げてるんだなと思いました。喜びや悲しみに対する能力」ってやっぱ謎だとおもいました。喜びや悲しみは、強弱があり、特に強いときは操縦不能、制御不能になり何かの能力を発揮するどころではく心がやられてしまうし、逆に弱すぎ、なさすぎでも心が枯れて萎れてしまう気がします。
でもなんだか、いつもそうもならないような。…腹筋崩壊も涙腺決壊もだいたいはマイルドに自動的に起こってます。なんか…意識できないところに調節する能力みたいなのが備わってるんかなと思いましたが、同時にこちら側からこの場面はまずい涙を堪えよう、微笑みを隠そうと意識することもできて…なんかうっすら双方向のような微妙な通信具合というか…フロムさんのいうこともなんか秘密の気配がしてドキドキするなと思いました。
普通人は半覚醒してるってのも…謎めいてます。

↑投稿者 和佳 : 2024/03/22 15:24:39

 

>サトリとは? フロムの教え

なんか難しいなと思って何回も考えてます。
まず、すやすや寝てたのが目が覚めた、みたいなことなのかなとおもいました。その時どうしようもなく自動的に起床が始まり、起きてはきたものの、寝ぼけてるので意識はまだ外見てるだけみたいな超受け身状態なのかと思いました。
私は、悟りとは苦行とか修行の果てに意識を飛ばして黙らすとかなのかなと思ってたので、意識して意識をなくすという、こんがらがって矛盾した無理をしなくても朝イチに意識が出て来れないターンがあったのか!と衝撃を受けました。

↑投稿者 和佳 : 2024/01/09 12:54:05

 

>サトリとは? フロムの教え

無意識があることに気づいて、それが意識できることで、目覚める。。抑圧と疎外から解放されるのかなと思いました。それはサトリだと。。
川下りを思い出しました。。
流れに身を委ねていること。。水の音、鳥の声が聞こえてきて、気持ちよくて。。抗う必要がないこと。。

↑投稿者 あかり : 2024/01/09 3:40:38

 

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