和佳
キャベツ
p142のキャベツの話はいつも胸が詰まります。切なくなります。
「こうしてみんな、生きているんだって。」このフレーズが良く頭に浮かびます。
料理しない日はほぼないので…自分は見えたらどうするのだろうかといつも思います。
2006/04/30 20:54:42
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

ぱらむ
豆との交信
大好きな本です、何度も読み返してます。一度目は「帰る所が無い人、
生きる価値が無い人、こういう人はいないのです」に涙が出ました。
孫さんの豆との交信やもりけんさんのキャベツの千切りの話を
知って以来、あらゆる物に対しての態度が変わりました。
感情にまかせて物にあたることが出来なくなりました。
TVでそんなシーンを見ていても、「痛そう、かわいそう」などと
感じるようになりました。
2006/04/25 16:57:00
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

自分ひとりでは変われないあなたへ
>あなたは全てとつながっています<
はい!我運命任せました!
どうなってもいっか!
2006/04/24 16:26:18
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

ホビット
「私は結果」
私は、環境に依ってつくられたのか?
などとぼんやり考察して来ましたが
その考察は、まだ視点が「私」に有ったように思います。
私とは「その環境に合うようつくられた
結果なのか・・・??」と昨晩、思いつきました。
2006/04/19 08:21:11
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

パッパラ
自由ですね。
森田さんは自由な方ですね。自由な探究心は読んでいて気持ちがいいです。そして読み終わったあとも気が楽です。面白い本ですね。ありがとうございます。
2006/04/12 21:26:31
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

ホビット
じわじわと感じてきたこと
誰もが常に等身大で完全な状態なんだと
じわじわと感じ始めました。
「自分は(まだ)完全ではない」と感じるのは
自分の内在化した常識(あるいは世界観)
を基盤にした自分に対する理想像と
かけ離れていると感じるからなのかも知れません。

誰もがみんな孤独(かも)
それぞれの世界観や視点からの情報が
人の数だけあるのかも知れません。

孤独だけど、孤独仲間がたくさんいて
「ひとりぼっち」ではないのかもと思いました。
2006/03/30 10:45:07
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

かみりん
「自分ひとりでは変われないあなたへ」
先日の講演会の後に改めて読み返しました。
最初に「自分ひとりでは変われないあなたへ」という
題名を見たときにあ〜これはこの本を手に取った
ひとりひとりにあてた題なのかなと思っていました。
でも講演会後にあらためて手に取ったとき、
自分ひとりでは変われないのはみんななんだ・・・と
今ここにいる全ての存在の事なんだ。と今更かもしれませんが気づきました。
もりけんさんも、神ですら自分ひとりでは変われないのだと・・・。
私以外の全てのものが私、
ネットワークにつながれる空洞が私なのだと講演会とこの本が
つながって私の中に実感として入ってきた感じがしています。
2006/02/15 17:44:46
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

ユクヒ
「自分ひとりでは変われないあなたへ」
>あなたはすべてとつながっている
 すべてとつながっているから孫さんは、天目の豆と対話して芽を出すことが出来た。
 私は、孫さんは特別な方なので不思議ができると思っていました。
 孫さんは、いつも自然に任せて、流されていくだけ、自分の事が大好きで正直な人。
 すべてに平等で同じだと・・・当たり前のように思われているから、あの超能力があると 思いました。
 孫さんの瞑想は、本当の自分に遭遇するためだとありますが、私もやってみたいです。
 なんだか本の表紙の芽の出た豆がいとおしくて、見つめてしまいました。
>一度は自分を完全だと思ってみてください。
 自分自身を完全だと思うことは、とても難しいことなのですが・・・出来るようになりた い。
>不完全な物でも完全だと思えば完全になれる。
 本当にそうなりたい・・・周りの目を気にせず、自分自身を縛ることなく自然に流されて
 みたい。生命エネルギーに流れを増やす生き方がしたい。
 どんなにあせってみても、私は私、運命は決まっているにですから。
 自分では苦しいと思っている事でも、本当の私は楽しんでいるのかも・・・。(笑)
 運命変更をしてみたい、コインを振ってみたい、本当の自由を見てみたい。
 孤独の中にいる私が馬鹿みたいです。(爆笑)
>私は誰でもない
 自分自身を空っぽにして、すべてとつながりたい。(笑)♪♪♪
2006/02/06 17:00:08
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

グーグーガンモ
もうすぐ1年
思いきってテキストを買ったのが3月3日でした。もうすぐ1年です。この間、テキストは4までそろえ、グッズも買いました。さすがに1は、難しかったですが、234はほとんど手をつけていません。参考書を頼りに勉強していましたが、難しいです。でも、不思議と六爻のことを考え出すと、予感が当たったり、後から考えてよかったりとすることがあります。昨年は急に入院したり、家を建てるつもりが親の反対で場所を変更したり、トラブル続きでしたが、結果的にはよかったと持っています。最初の土地で地鎮祭をしたとき、外応がありました。天気はよかったのですが、終わったとたんに雷がなって大雨になりました。結局その土地は更地のまま、変更した土地では、真夏日でかんかんでりでした。結局こうなるようになっていたのだと、運命は決まっていると思いました。余計な出費が要りましたが、何とか新居で暮らしています。最新の不思議の科学でもありましたが、先祖を拝むのは、やめたほうがいいとありましたが、あまり頼らないようにします
2006/02/05 07:30:27
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

クーリン
六爻占術いいですね
最近は、厄除けや縁起かつぎに興味を覚えます。
本当は、その六爻占術をベテランさんに占って欲しいのですが。
問いを発してから、答えるまで、どのくらい時間を待てばいいのかご存知の方いらっしゃるでしょうか?。
問いについて思いを巡らせたのがお昼だとして、夕方頃、事故を目撃したという場合には?。最近車の事故、自転車の転倒、タイヤのパンクなど、自分の運勢を疑いたくなることが多々あります。
(それだけでなく、夢占いでも、アンラッキーのものが多くて心配です)。
不思議グッズ購入で運の流れを変えるということでいいんですよね?。
2006/01/24 22:16:16
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

せいりゅう
すべてが協力してくれている?
自分の部屋の花瓶の花から置き物 備品 本 カレンダー 人形すべての物からエネルギーが自分にながれてくれているなんて思ったこともなかったが、自分にとってとても大きなヒントになったようです。自分自身は何もない空洞 から色々連想しますが、チベットの高僧はこの世は空といった。「絶え間ない変化であると」空になりなさいと この本は無になれば六爻占術の場が取れるという、自分の外側のエネルギーの流れを変えると自分の運命が変わってしまう状況がある事実、僧侶は無になるために修行していると言いますが、なんとありのままでいい、それこそが何もない状態だよとこの本はいっている。
さらに踏み込んでエゴについても答えがもらえた。自分に対してエネルギーを向けることをエゴだと、エネルギーを外に向けている状態はそこにエゴはないと、氣の流れは自分が空洞になるとよく流れるように思います。無に戻るためには努力せずにリラックスして人生を楽しめと言っている。楽しんでいるときは好奇心にあふれて、このときエネルギーは外に流れ、自分内は空洞に・・・空洞だから外からのエネルギーが良く入る。それこそがありのままの自分でありエネルギーの流れが循環している完全な自分であると。
2006/01/22 23:39:47
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

935(クミコ)
読めば読むほど
すごい本だな〜と思います。
うまく表現できないけど。。。。
いつも鞄の中に入れて持ち歩いてます。。
やはり天才だな〜と思います。
人の感想よりまず読んでみて!と言いたいです。
2006/01/18 15:01:39
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

クー坊
何度読んでも終わらない
4回読みましたが、数ページ読んでは一休みし、数行読んでは立ち止まり、
私には消化しきれるめどが立ちません。
平易な文章に畳み込まれた情報の質と量に困惑する思いです。
すごい文庫本があるものです。

不思議の友ほかの著作ももっと読みたいのですが、なかなか手が回りません。
もりけんさとのスピードの差がありすぎて、距離は開くばかりのようです。


2006/01/18 00:05:12
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

クーリン
危険から身を守る不思議グッズありますか
もう前にこの本の感想を書いたので省きます。
この本を読んで、自分の進むべき方向は見えてきたのですが、それはあまり安全とは言えず、妨害を受け、行動範囲が狭まってきております。(心配事もいろいろ増えてきています)。
例えば、集団の悪意から身を守るよい方法はありませんでしょうか?。
2006/01/07 16:12:50
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

いろはひふみ
自分を磨くのもやめます。
 私は2月に仕事関係の資格試験を予定しています、しかし、試験勉強を止めました、今までの人生観を180度変えた小さな体験のスタートです。
 私が年末・年始に読んだ「「私は結果」原因の世界への旅」・「ハンドルを手放せ」・「自分ひとりでは変われないあなたへ」から得た答えでした、もりけんさんの体験に改めて驚きを感じ、自分の力では自分の運命を変更出来ない事実を孫さんの例で決定づけられました。
 私は今まで歩んできた、自分の欠点を責め・相手の欠点を責め・自分を磨く生き方を何とかして捨てたいと思いました、そして、時空との一体感と、広いネットワークに繋がった新しい感覚が実感出来る私の運命を楽しく生きてゆきたいと思っています。(笑)
2006/01/04 19:33:57
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

白い本
扉の向こう
自分では開けることのできない幾つもの扉を開けて、そこに広がる別世界を垣間見せて頂いたように思います。
読み終えて結局のところ、自分は変わりたいと望んではいなかったのだと気づきました。
2005/12/28 00:10:20
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

ひとつ
感想断片編

・第四章は明るくて新鮮なトーンで書かれていると思います。
しかし、このトーンを味わっている「私」は何かというと「空洞」ということになるようです。
空洞が空洞の外の本を味わっているというのは、幽体離脱した抜け殻の私が、「外の本」に離脱した「私」に満たされるイメージでもあります。


・また、意識はスイッチでもあります。空洞がスイッチを入れるのは面白い概念です。
だれもいない部屋でヒーターのスイッチが自動的に入るような感じです。空洞の部屋全体が温まります。

・空洞の運命は決まっています。それを変えるには空洞の外の情報が必要のようです。
もし仮に自分が空洞だと知らなければ、いつまでも自分の内側を探す羽目になり、変え方が見つからないような
感じです。なぜなら、探しものは、自分の知らないところは普通、探さないからです。

・空洞はすべてとつながっているようです。そのことを十全と「意識」出来た時には、目の前のコップに限らず、すべてが自分の手足と同じように感じられ、「私」は「巨大な生き物」になるイメージです。
想像するに、「想像できない」ほど空洞は巨大です。

・「あとがき」はとても明確で、すっきり新鮮です。
時間がネットワークであるなら、空洞の起源や原因は我々のマインドがふつう持つであろう距離の概念の前提が消え、「我々でもある周囲」となるようです。

・この本は「自己原因」説から遙かな距離にあるような気がします。しかし、その自己が巨大な空洞でもあるのだから、そのすぐ傍ら、あるいは、それを包み込んでいるとも言えそうです。

・「私」という「前提」をはげしく揺さぶっている本だとも思いました。
2005/12/25 13:00:15
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

亀ノス
今さっき、読み終わりました。
孫さんが宇宙ともマスターとも対等な、というか、一体の関係である時、命の現消が現出し、その状態に他の人も近付けた時、同様かあるいは決められた運命から変更されて行く可能性が生まれると。その方法はあくまでも自発的と思われた事ではなく他動的な方法で。これのイメージが、何となく湧いてるような湧いてないような。でも、このイメージを考えてる事自体、もしかしたら錯覚なのかもしれないなあ、とも思えました。思わされてるのかもしれないと言う。この自覚、と言うのが錯覚か、と。この時空連続帯(他宇宙は不連続帯)の時間を含めた我々が実は単にそれぞれゲートで、其のゲートはそれぞれが勝手に自意識が有ると思いこんでいるものの、それは後付けの意識をそう錯覚しているだけで、それが意識と思っているだけで・・・・・。
そんな構造体にそのような現象の運動とかエネルギーの変換やら移動が有ると、それに沿って自動的に其の(自意識の)構造的な形が作られて、それを単にゲート自身が勝手に自分には自意識が有るんだ、と錯覚させられてその運動や変化の軌道を自発的なものと思ってトレースしたり、複雑な動きをしているものを、自身の中で作ったマップの通りに動いているという気になって・・・・・・、そんな人工生命体みたいなものだからこそ、運命というモノが実は自動的にオートマティックに形作られ決められているのかなあと。結構、悲しく。
確かにオートマで事細かに決められるとするならば、そのパーツである自分には決められないなあと思いました。
しかしそこにきて五行というベーシック兵器、あるいは基本フレームを見つけだし、これまた、別の意味のオートマティックに時空の仕組みを操作するという言うなれば裏技を使って時空の裏をかいて、時空の手の届かないところのボタンの掛け違いを起こさせてまんまと変更して行くと言う、実に戦略的な、まさにずる賢い(私もずる賢いのが、なんかこの場合すっきりします)やり方でステージをクリアーして行くと言う、いままで何だったんだろう、と言う展開が見えてきました。いや、時空が敵とか見方とかではなく、我々自身が其の一部、ゲート、うずたかく盛られた塵なんだろうと思うんでありますが。 森田健様が、この活動をずっと長い間続けていただいた事に心底、感謝いたします。そうでなければ、絶対にこのような考えや発見に立ち至らなかったであろう事は容易に想像が付きます。写真でも動画でも、実に気軽な、柔らかな話ぶりから本当に手軽に、どの事象にも気軽に「命をかけて」やられている、そんな気がしています。凄いものです。ありがとうございます。
それと、ご自分のことを「おやじ」とおっしゃる事が有りますが、いや実際、社会的には十分セニアで有らせられるんですが、はた目からは体操のおにいさん、というイメージと思っておりますが。これは年々そうなるのでしょうか?
2005/12/25 00:26:50
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

ドゥヌンバン
結果、原因
自分は結果であり原因なのではないでしょうか。
結果として原因というか、運命とは、すべて決まっていて何も決まっていないの
ではないでしょうか。
大極図のデザインの様に、時空には対極の概念が織り込まれているのではないで
しょうか。
50%ずつではなく、100%ずつ同時に。
何度も楽しくもりけんさんの最近の本三冊を読み返しましたが、
私は結果というのに納得しつつも、なにか腑に落ちないというか、なにか見落と
しているのではないかという・・・。
私はもりけんさん大好きですが、言っていることを鵜呑みに信じ込んでついてい
ってしまうのではなく(本当だと思っていますが)、ヒントにさせてもらって、
自分で考えたい。
同時に正反対の二つの概念を持つって不安です。不安定だし。
でも、その不安定な状態の強さ(強くて弱い)こそ、時空の望むところなのかも

こういう事をこのHPに書くのは非常にコワイですが(ビビってます 汗)
思っちゃったので書いてみました。
自分が分かってないだけかも知れないので、また本、読み返します。失礼しまし
た。
2005/12/19 23:46:34
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

ホビット
個は空洞
私の中には、たくさんの執着が有ります。
それは他者との関係に依って出来た
自分独自のイメージが多いように思います。

このイメージを認めて(執着を手放して)
やっと空洞を実感できるのだろうか??
そこで初めて運命の轍にすんなりと乗れるのだろうか?
それともこの執着も、運命のひとつなのだろうか?
前者だったら一生掛けても、やっと乗れるか乗れないか・・・
そんな想像をしてしまいます。

乗れたと実感出来ようと、出来まいと運命の轍は
変わらない。
それに、個が空洞ならば、自分以外の他者も空洞。
「私だから」とか「あの人だから」などの思いなんて
幻想で、さして意味は無いものなのかも知れません。

とりあえずココで投稿いたします。









2005/12/15 08:28:01
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

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