テクノンVF
個だけの自由がないということ
買ってからしばらく経ちますがいつも鞄に忍ばせて持ち歩いています。
個が主体の自由はありえない。自分の外側が主体でそこにはネットワークがあって、そこに繋がってはじめて運命が変化する世界に入るという考えがやはりすごいです。自由ってどこにむかってるのか、どうなるのかと、謎が深まります。
2005/12/15 03:23:36
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

こち
本のかたちをしたエネルギー体であると感じました
ここでは「私は誰でもない」「私は空洞」と思う事についての感想を書かせて
頂きます。

このことで、いくら自分の気持ちばかり攻めて納得しようとしたりしても、
実生活には生きた外側のあることですから、実際に則してネットワークに
繋がって、生きた実践をしなくては意味がないのだという思いがしました。

ならば「私は誰でもない」と思えるためにはどうしたらよいか。
逆説的に言うと、それは悪人になる事ではないかと思いました。

よく暴走族に入って悪事の限りを尽くした人が、そのエネルギーを反転したかの
如く、一般社会で大活躍している例があります。
これは一旦「空洞化」する事のプロセスをたどったのだと思ってしまいます。
「自分探しという悪事」を繰り返すことで、タマネギの皮を一枚一枚とって
いったら最後には「空洞」になったイメージがします。
言って見ればリセットのようなものであり、リセットは極めて躍動的なものに
反転するとも言えそうです。

私は長年生きて来て、経験則バリバリでした。このHPに出会い、それが溶けて
いっているイメージを持っています。(年寄りなので溶け方が少しずつですが)
溶けていっているもの、それは小ざかしい偽善なのだと思います。
更に言えば、それはとても醜悪なものと言うべきと思います。

偽善者(醜悪)→悪人→空洞の図式を思ってしまいます。

私は空洞としたら、今迄の自分は何も守るものがない、どうでもよいもの
なのだと思います。
「それほど守って、それが何なの?」と問われた本と思いました。
2005/12/14 10:54:14
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

L.B.
「第四章 運命変更と蘇生、そしてあなたへ・・・・・・」感想

「つまり個は空洞で「主体」は周囲だったのです。」(200)
 
上記の文章の意味を、私なりに突き詰めて考えてみることで、第四章への感想としたいと思います。
 
「主体が周囲である」ということは、「わたしは外側である」ということだと思います。
すなわち「わたし以外のすべてがわたしの実体である」ということだと思います。
 
以上の仮説を前提として推論を突き詰めると一体どういう結論が導き出せるか、ということを以下で考えてみます。
 
そのために、以下では、上記の仮説の真偽を一切吟味しないことにします。
 
つまり、「わたしは外側」は、真理であり、以下の推論全体にとってつねに前提であって、いささかも揺るがないものであると信じ込んで疑わない状態で考えを進めてみます。
 
* * *
 
まず、私の主体が、私を取り巻く時空全体であるならば、
私の主体は、「ありとあらゆるすべて」を含んでいることになります。
 
このように、私の主体=「ありとあらゆるすべて」であるならば、
それは、「私とは、全知全能の神のごとき存在である」といっているのとほぼ同じことになると思います。
 
しかしながら、実際には、全知全能どころか、わたしは明日の天気すらわかりません。
 
にもかかわらず、私が「全知全能の神のごとき存在」に違いないとすれば、
(なぜそこを疑わないかというと、疑わないというルールで書いているからです)
神のごとき私が、これほどショボイということは、一体どうやって説明できるでしょうか。
 
この問いに対して、私が唯一思いつく答えは、
 
「わたしは、あまりにも全知全能すぎるからこそ、ショボイのだ」ということです。
 
ここで、ちょっと視点を変えて、
ありとあらゆるすべてを含んだ存在というのは一体どういう存在か
つまり時空とはどういう存在なのか、イメージしてみることにします。
 
まず、形ですが・・特定の形を思いつくことができません。
なぜなら、それがいかなる形をとったとしても、特定の形を取った段階で、
それは、「ありとあらゆるもの」ではなくなると思うからです。
 
とすれば、「ありとあらゆるもの」は、形をもつことができないことになります。
 
では、形は無くても質量を持つことができるのかというと、それもダメだと思います。
特定の質量をもった段階でその「何か」は、特定の何かになってしまって、
「ありとあらゆるもの」ではなくなると思います。
 
では、色はどうでしょうか。これもおなじだと思います。特定の色は持てないと思います。
虹のように光り輝くのも、真っ白なのももちろんNGです。
透明でもいけません(笑)。
 
大きさも、同じです。特定の大きさを持つことができないはずです。
 
では、次にその「全能の存在」の内部の仕組みはどうなっているでしょう。 
 
これも外見とおなじです。その存在が、特定のシステムを持っているとすれば、
それは「特定の何か」になってしまって、「すべてのもの」ではなくなります。
 
以上の理屈は、「ありとあらゆるもの」のどんな属性について考えてみても同じことが言えると思います。
 
全能の存在とは、まったくなんの特徴もないものでなければならないということになります。
 
じゃあ、それは「空洞だ」と言いたくなるところですが、それも違うと思います。
 
なぜなら、空洞は、存在に対する非存在、という「特徴をもっている」からです。
 
全能の存在が、まったくなんの特徴も持たないのならば、
それは、「在る/無い」のどちらか一方の側に加担することはできないはずです。
 
だとすれば、「それ」は存在もしていないし、消滅もしていない「何か」でなくてはいけません。
 
ここまで考えて来てみてようやく、全能の「何か」を、空間的な属性だけでイメージするのは無理があるということがわかりました。
 
なぜなら、「あらゆるものである」ことは「何者でもない」ことと同じであるはずです。
にもかかわらず、この二つの条件を「同時に」満たすことはできないからです。
 
というわけで、ここで時間軸方向を加えて考えてみましょう。
すると、わたしのイメージできる「全能の存在」とは、
 
あらゆる瞬間において「特定の何か」であって、かつ、
次の瞬間には、その「何か」以外のありとあらゆるものに変化する可能性を秘めているもの・・
 
という風な具合になります。
 
* * * 
 
さて、ここで再び、
「全知全能のはずだけど明日の天気もわからないショボイ私」に話を戻します。
 
わたしは、今この瞬間、「明日の天気も分からない人間」としてパソコンのキーを叩いています。
 
しかし、天気のわからないわたしでも、六爻占術を勉強していますので、あくまで可能性としては、このあとコインを振って、明日の天気の場を取れるかもしれません。
 
また、わたしは、ほぼ毎日、孫さん瞑想をやっています(20分ですけど)。
だから、いつか天目が開いて、明日の天気くらい予知できるようになる可能性もあります。
 
こうやって、可能性をどんどん積み重ねていけば、
わたしは、常に特定のショボイ存在でありながら、同時に
時間の始まりから終わりまで全体を通じて眺めたときには
限りなく全知全能に近づきそうにも思えます。
 
しかし、以上は「運命がきまっていない場合」に限ります。
 
運命ががっちりきまっている世界において、可能性は存在しないはずです。
 
わたしの運命ががっちり決まっているならば、
私が、コインを振って明日の天気を知ることになるかどうか、あるいは
いずれ天目が開くかどうかも、宇宙の始まりから決まっているはずです。
 
「運命がきまっている私」は、
「天目が開くかもしれない」かつ「開かないかもしれない」という両方の可能性を持った
360度に開かれた存在の座から滑り落ちることになります。
 
「天目が開く」もしくは「天目が開かない」のどちらかに、
宇宙の始まりからあらかじめ決まっている特定の存在で在り続けるほかなくなります。
 
だとすれば、たとえ時間軸を取りいれても、
わたしは、「ありとあらゆるもの」にはなれないことになります。
 
運命がきまっている限り「特定の何か」で在り続けるしかないということは
私だけに限らないでしょう。あらゆる存在にあてはまると思います。
 
時空とて同じです。
 
もし、時空の運命が決まっているのならば、時空は「ありとあらゆるもの」ではありません。
「特定の何か」だということになると思います。
 
こうして考えてみると、「あらゆるもの」あるいは「何者でもないもの」は、
自由抜きには、想定できないということがわかります。
 
* * *
 
この感想は「私の主体は周囲のすべてである」ということを出発点として考えてきました。
 
以上の推論を踏まえて、この出発点に立ち戻るならば、
「もし私に自由がなければ、私は私の周囲のすべてではありえない」ということになると思います。
 
空洞のわたしが、あらゆるものにつながる「可能性」を持っているとすれば、
それは私が、わたしの外側全体だ、ということと同じですが、
自由がなければ、これは成立しないと思います。
 
運命が決まっているならば、私が、いつどこで、何と、どれくらいつながるか、
それすら宇宙の始まりから終わりまで、すべて決まっていることになるからです。
 
わたしは、宇宙の始まりから終わりまで、特定の時間に、特定の何かであることが
すでに決まっているということです。
 
運命がきまっている私に360度の可能性はありません。
 
にもかかわらず、「わたしは何者でもない」と私が言うならば、それは、
自由を織り込み済みで、そう言っているとしか考えられません。
 
「わたしは内側」から「わたしは外側」へのもりけんさんの認識の転換は、
時空の定めた運命のレールの上で起こった出来事だと思います。
 
にもかかわらず、それが起こった瞬間からすでに、
その認識の転換は、運命のレールの上で起こりつつも、
すでに自由を織り込んだ表現になっていたのだと思いました。
 
「個がネットワーク化され、周囲が原因の世界に変わったとき自由が訪れると思います。」(205)
 
「私は外側」ということを完全にわかったときと、
自由が訪れるときは、同時なのではないかと思いました。
2005/12/07 02:57:30
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

けい
自分→他人→自分
フシトモ12でわかりました。自分は空洞だから、他人を変えられないと書いてありました。人は決められた運命以外の影響を与えることはできないと解釈します。
ということは人は人を変えられない、変えられるのは「意識的に使う五行の置物」だけですね。
2005/12/05 21:52:51
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

クーリン
私には一番この本が向いています
やや、パワーの点で疑問な私には、この本が最も向いていると思いました。前々からタイトルが気になっていましたが、近所の本屋には在庫がなかったもので、読むのが遅くなりました。でも先日、本屋で見つけたので、一気に読むことができました。
読んだら、自分の進む方向が見えてきました。しかし相変わらず、生きづらい気分が続くと思います。その中で、ノロノロ試行錯誤の上、この本と付き合うことになりそうです。
死からの蘇生なんてのがあると思うと、未来はまだ未知数な可能性があるのだと思います。
今までは、起こってきた出来事の原因を、自分の中に探しては、悶々としていましたが、
それよりは、現在あるものを、できるだけ味わうほうが良いのだと思うようになりました。
2005/12/04 23:00:56
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

りっこ
偶然の出会い
私の人生の中で一番辛い時期に偶然この本と出合いました。
タイトルだけを見て、私のこの現状が少しでも良い方向に変われば…という期待を込めて購入しました。
偶然出会ったこの本の中に出てきた“六爻占術”が今の私にはもしかして必要だったのでは?!っと勝手に解釈しています(苦笑)
占いには興味が有りいろいろと試してきた方ですが、この出会いをキッカケに私自身や私に関係する人みんなの為にはじめてみようかと思いました。
本当に不思議です。
私が今も幸せな人生を歩んでいたら…きっと出会わなかった本かもしれないから…
2005/11/30 12:43:21
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

はらじゅん
読むたびに気付きがある本です
 もう5回ぐらい読んでいますが、毎回どこかのページ、どこかの行、どこかの文字で気付きがある本です。
 反応するところが毎回違うのは、たぶん読むたびに私自身が、本のエネルギーで変わっているのかも知れません。
 内容だけではなく不思議の科学とはまったく違う本になっています。
2005/11/30 10:22:42
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

未都希
ワクワクしました!
息子さんのお話にはまたまた泣かされました。そして自分の中にあるドア・・・体内離脱と蘇生を結びつけて考えるもりけんさんの感性には深い感動を覚えました。そしてたくさんの気付きをもらいました。思わずみんなに進まくりです。なにかが動きだしてる・・・そんな予感にワクワクしますね!!!
2005/11/30 08:21:33
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

けい
自分→他人→自分
これ、だれかご意見は?
2005/11/29 08:28:30
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

けい
↓神との対話
ひろ太さん、その神は指導症候群の存在らしいえすよ。指導したがり、支配したがり、仰ぎ見られたがりで人間の感情を栄養とする存在です。
2005/11/29 08:25:22
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

けい
自分→他人→自分
自分は空洞だから自分で自分を変えることはできない、自分の外しか自分を変えることはできない・・・・すると自分は他人を変えることは可能・・・で、その他人が変われば、自分が変わることが可能・・・でいいと思いますか?
2005/11/27 21:57:13
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

ひろ太
そう言えば・・・
思い出しました。神との対話・・という本を読んだとき、お金持ちになりたい!
とお祈りしている・・・ということは、今はお金持ちでない!と宣言している
ことになるので、永遠にお金持ちになれない・・というニュアンスのことが
書いてありました。変ろう!すすれば、するほど、変った後の状態にはなれない!
ということですよネ。自分を100%信頼するということは、自分はパーフェクトだ
と宣言することですから、どんどんパーフェクトになっていく・・・
ということですかネェ〜
でも、それって、少し傲慢に通じることになりはしないか・・と心配ですが、
感謝する心を忘れなければ、大丈夫なんじゃないか・・と思います。
2005/11/25 19:21:15
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

shy
何度も読みました
そしてたくさん泣きました。
今まで「あなたのままでOKなのです」と、もりけんさんが書いてくれるたびに、
とてもラクになる自分がいました。
その一方で、それを読む度に涙が出るのはなぜなんだろう...とわからないでいる自分がいました。この結びつかなかった反応が、本を読み返すうちにやっとわかりました。
気づくことができました。
私は自分を卑下していました。必要以上に。
自分に自信が持てず、いつも言い訳で殻を作っていました。
孤独でした。苦しかったです。
ネットワークから孤立していたのですね。
私はそのままで完全なのですね。
 
2年前に今の部屋に引越しをして、狭いワンルームの中はずっと真っ白でした。
ソファーもクッションもベッドカバーもブラインドも、全部白。
部屋の中を飾ったり、物を置くのも何故かいやでした。
テレビさえ床に置いていました。殺風景な部屋でした。
その部屋に一人でいる時間がとても心地よかったのです。
 
でも最近、少し変化がありました。
クッションカバーを明るい色にに変えました。
テレビを置く台も買いました。
その台に花も買ってきて飾りました。
真っ白だった部屋に、以前とくらべてほのかな色が入りました。
今はそのほうが心地よいです。
 
この変化は何故かと考えました。
おそらくもりけんさんの本を読んで自分の浄化が促進されたのだと思いました。
2年かけてもなかなかそぎ落とされなかったものが、ゴソッと落ちました。
気づけなかった心の叫びをやっと認めることが出来ました。
この本を読むことでスイッチが入ったのだと思いました。
 
本当にありがとうございました。もりけんさん大好きです。
2005/11/24 10:42:34
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

桃花
自分ひとりでは変われなかったわたしより
この本は、不思議の科学Uが改定された本とのこと。
今まで、不思議研グッズは買ったことがあるし、
もりけんさんの本も読んだことがあったけど、
不思議の科学シリーズは正直、あまり読みたいとは
思いませんでした。
なぜなら、”不思議の科学”というタイトルがお堅い感じがして、
難しそうなイメージがあったからです(笑)。 
でも、メルマガ欲しさと、タイトルが魅力的になって、
買って読んでみると、すごく読みやすく、説得力がある本でした。
     
先月から、しばらく落ち込むようなことがあり、
何もする気力が出ませんでした。
このホームページを見ても、ボーっとし、
はぁ〜・・・とため息をつき、時空に対してすごく腹が立ち、
の繰り返しでした。本が届いても、しばらくは読む気にも
なれないくらい落ち込んで、その後どん底まで落ち込みました。
そんな時、この本を読みました。
この本を読むまでは、あんなに悩んでいたのに、
そのこと自体、すごくちっぽけなことに思えてきました。
 
悩む時って、ネットワークとつながっていない時なんだと
実感します。でも、それまでも、何となく頭ではわかってはいても、
それができませんでした。
逆にネットワークとつながろう!!と、どこかでがんばって
しまっていたのです。そうすると、なおさらネットワークから
切り離される気がします。
 
私は、六爻占術をやっています。
六爻占術をやっていて、運命変更をしてみると、
自分は、そして運命は外側でしか変わらない、ということは
よーくわかります。いくら努力してもダメなのに、
身のまわりにある道具をつかっただけで劇的なミラクルが
起きることはしばしばあります。
でも、そのためにも場が取れていないと、正しい卦が出ません。
そして、場を取るためにも、ネットワークとつながることが
必要不可欠だと思います。
 
外側でしか変わらない・・・この本は、私の外側にあるもの。
私の外側にあるこの本で、落ち込んでいたのから開放されました。
もりけんさん、素敵な本をありがとう!!
 
PS.本にとっては、カバーやタイトルは外側に当たると思います。
   外側が変わって、この本の売れ行きもぐーんとUPしたのでは!?
   外側って大切よね!

2005/11/22 23:19:38
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

マレー
愛の扉の向こう側は
孫さんのセミナーの後、飛行機の中で読みました。
もりけんさんの本は読んだ後の余韻を楽しむのが好きです。
はっきり言って一読目は頭がパンク状態です。
周りの人を気にしながらも、涙をこらえることができませんでした。

自分探しを続けていて、ある日、古くさい言い方だけど、すべて”LOVE&PEACE”なんだな〜と悟った日、イラク戦争が始まりました。とても、ショックでした。それ以来アメリカが大嫌いになりました。まぁ、アメリカはそんなこと屁とも思っていないでしょが・・・

でも、愛より自由がさきに来るのなら、私はわたしのままでいい何も変えることはない、一人で納得してしまいました。





2005/11/18 20:39:39
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

ハンドル
自分ひとりでは変われないあなたへ
タイトルのとうりの内容だと心から思えました。
読んだことにより外側から自動的に変えられてしまいました。
特に葉の再生のホログラムの考え方(不完全だと思うと不完全な葉しか出来ない)という結果には唸ってしまいました。
今までも自分を肯定しようとしてきましたがなかなか肯定しきれませんでした。しかしそういった視点に変えてみると素直に肯定出来る気になってきました。
これからは自己愛と自己嫌悪の日々からほんの少しでも時空全体に広がってネットワークにつながった日々へと移行出来そうです。
そして時空が一つでは変われないから外側という概念を創ったという仮説も本当に面白いと思いました。
『自由へ』という言葉にはものすごいパワーと甘美さを感じてしまいます。
2005/11/14 13:39:04
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

mar
全編に蘇生・癒しのエネルギーが…
優しい、とても優しい本でした。
孫さんの章も、豆たちの声も、太陽のイメージも、もりけんさんの体内離脱の体験も、
そして蘇生的人間の解説の部分も。。。
映像が浮かんでくる本でした。
読みながらやわらかい癒しのエネルギーを与え、受け取り、
やりとりしているような…
理性的な感想としての文章よりも、イメージが多く浮かんでくる本でした。

肉体は感情を増幅する。。。時空はそれを体験したいのかなと感じていました。
時空に思いを馳せている時、ともすれば時空を異形のものとして
対等な感覚を持つのは難しいですが、時空が感情を増幅する肉体を作った時、
時空自身は三次元に焦がれているのかなと思いました。
私は時空に焦がれている…
この感覚は対等ではないような…。お互いに片思いしているような。

でも、この本を読んだ時、時空との一体感が生まれ、自分のカラもはずせるという事が
身をもって理解できるような気がしました。

最後のページでは、とてつもない、優しい、暖かい感覚に包まれました。
2005/11/12 12:32:28
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

かず
変わったつもりでいました。
初投稿です。
最近、二週間くらいで本を三冊とDVDを観ました。
衝撃的でした。個に囚われてガチガチになっている自分に気付かされました。
自分で人生歩いているつもりでした。自分が変われば周りも変えられると思い、いい気になってました。
さらに、人にまで押し付けて・・・。
すっかり、「もりけんファン」になりましたが、もりけんさんの考えに依存することなく自分で問いを発しながら生きます。
本も何回も読みます。
2005/11/11 20:43:11
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

たかを
昨日読みました
4章が、本当に素晴らしいです。今まで私が見ていたのは、個ばかりでした。ネットワークも空洞も、個から見ていました。自分に必死でした。自分自身で考えて答えをだしても運命変更にならないというのを読んでやっと、自分がハンドルを握り締めている事に気付きました。
2005/11/08 18:21:42
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

ステラ
感想
子供を寝かしつけて、一気に読ませていただきました。
「完全な自分とは、今ある自分そのもの。」という部分で
涙が止まらなくなりました。
今までは、嫉妬や悲しみなどの感情がわく度に、その感情をもてあまし
やっぱり私ってだめねと落ち込んでいました。
でも、今日からは違うと思います。
自分が太陽の中にいるとイメージする方法を教えてもらったからです。
読み終った後に実際にやってみましたが、
本当に春の日差しの中にいるような感じがしました。
もりけんさんと同じ時代に生きて、こうして出会えた運命に
感謝します。
2005/11/08 15:03:04
「自分ひとりでは変われないあなたへ」

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